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大阪地方裁判所 昭和63年(ヨ)1671号 決定

昭和六三年(ヨ)第一四九号事件申請人 大機建設工業株式会社

右代表者代表取締役 戎初男

右訴訟代理人弁護士 太田小夜子

昭和六三年(ヨ)第一六七一号事件申請人 株式会社 福昌

右代表者代表取締役 岡本武

右両名訴訟代理人弁護士 樺島正法

昭和六三年(ヨ)第一四九号事件被申請人 林津作

〈ほか一名〉

昭和六三年(ヨ)第一四九号及び第一六七一号各事件被申請人 細井陽子

〈ほか二名〉

右五名訴訟代理人弁護士 宮地光子

右同 安達徹

右同 小泉哲二

右同 村本武志

主文

一  申請人らの各申請をいずれも却下する。

二  申請費用は、昭和六三年(ヨ)第一四九号事件、同一六七一号事件とも、それぞれの申請人の負担とする。

理由

第一当事者の申立

1  申請人らの申請の趣旨

1 申請人大機建設工業株式会社

イ  被申請人林津作及び同林憲一は、この命令送達の日から三日以内に、別紙物件目録一記載の建物の南側二階のベランダに設置した別紙図面一記載の横断幕を撤去せよ。

ロ  被申請人細井陽子、同松井俊次及び同松井きみ子は、この命令送達の日から三日以内に、別紙物件目録二記載の建物の南側二階のベランダに設置した別紙図面二記載の横断幕を撤去せよ。

ハ  右被申請人らが右期間内に右各横断幕を撤去しないときは、申請人は、執行官に右各横断幕を撤去させることができる。

2  申請人株式会社福昌

イ  申請人大機建設工業株式会社の右ロと同旨

ロ  被申請人らが右期間内に右横断幕を撤去しないときは、申請人は、執行官に右横断幕を撤去させることができる。

二 申請の趣旨に対する被申請人らの答弁

1 被申請人細井陽子、同松井俊次、同松井きみ子

イ  申請人らの本件各仮処分申請をいずれも却下する。

ロ  申請費用は各申請事件につきそれぞれの申請人の負担とする。

2 被申請人林津作、同林憲一

イ  申請人大機建設工業株式会社の申請を却下する。

ロ  申請費用は申請人大機建設工業株式会社の負担とする。

第二当裁判所の判断

1  当事者等

以下の事実は当事者間に争いがない。

1 申請人らは、いずれも、不動産の売買、観光事業等を目的とし、昭和五九年頃より、京都府亀岡市東別院町湯谷の岳山、柳山、浦山地区にまたがる「北摂ローズタウン」(以下、「本件造成地」という)の販売をおこなってきているものである。

2  被申請人林津作は、申請人大機建設工業株式会社(以下、「申請人大機」という。)より昭和五八年一〇月一七日、本件造成地内の京都府亀岡市東別院町湯谷浦山参四番弐八所在の宅地を購入したもの、被申請人林憲一は、同林津作の息子であり、同人の右土地上に別紙物件目録一記載の建物(以下、「本件建物一」という。)を建築したものであって、いずれも右建物に居住するものである。

3  被申請人松井俊次は、申請人株式会社福昌(以下、「申請人福昌」という。)より昭和五八年八月三一日、本件造成地内の同府同町湯谷岳山一〇二、一〇七、同浦山三四番一九所在の宅地を購入したもの、被申請人細井陽子、同松井きみ子は、同松井俊次のそれぞれ娘と妻であり、同人の右土地上に別紙物件目録二記載の建物(以下、「本件建物二」という。)を建築したものであって、同細井陽子は、夫である申請外細井啓充と共に右建物に居住するものである。

4  本件建物一及び同二の南側二階のベランダには、それぞれ、別紙図面一及び同二のとおり、縦約〇・九メートル、横約四メートルの白地のもので、赤色で「欠陥造成裁判中」と書かれた横断幕(以下、それぞれ、「本件横断幕一」、「同二」という。)が昭和六三年一月から継続して設置されている。

二 本件各横断幕設置者について

本件横断幕一は、被申請人林津作が設置したものであることは当事者間に争いがなく、本件疎明資料によれば、同二は申請外細井啓充が設置したものであることが一応認められる。

被申請人林憲一が本件横断幕一の、被申請人細井陽子、同松井俊次、同松井きみ子が本件横断幕二の、それぞれ設置の実行にあたったことについては疎明がない。

なお、申請人らは、本件横断幕一については、被申請人林憲一が被申請人林津作と、本件横断幕二については、被申請人細井陽子、同松井俊次、同松井きみ子とが、それぞれ共同で謀議のうえ、あるいは右被申請人ら全員(被申請人林津作を含む)が双方の横断幕につき、共同で謀議のうえ、各横断幕を設置した旨主張する。

よって検討するに、本件横断幕一は被申請人林津作が、同二は申請外細井啓充がそれぞれ設置したものであるところ、本件疎明資料によれば、本件各横断幕の大きさ、書かれている文字の字体、色が同じであること、設置時期がほぼ同じであることの事実が一応認められるけれども、右認定事実によっては、本件各横断幕設置についての被申請人林津作と申請外細井啓充間の共謀の事実は推認することができるものの、右認定事実に、更に本件疎明資料によって一応認められる、被申請人林津作及び同松井俊次はそれぞれ申請人大機らを相手に本件造成地は欠陥造成地であるとして不当利得返還訴訟等を提起していることの事実を併せ考慮しても、本件横断幕一の設置についての被申請人林憲一、同林津作間の、同二の設置についての被申請人細井陽子、同松井俊次、同松井きみ子間の、及び各横断幕双方の設置につき被申請人ら全員間の、いずれの共同謀議の事実についてはこれを推認するに足りない。申請人らの主張は理由がない。

三 申請人大機の被申請人林憲一、同細井陽子、同松井俊次、同松井きみ子及び申請人福昌の各申請について

以上のとおり、被申請人林津作を除く右各被申請人らについては、本件各横断幕の設置に関与していることについての疎明がないのであるから、申請人大機の被申請人林憲一、同細井陽子、同松井俊次、同松井きみ子に対する申請、申請人福昌の申請は、その余の点につき判断を加えるまでもなく、理由がない。

四 申請人大機の被申請人林津作に対する申請について

1 申請人大機は、被申請人林津作らの本件各横断幕の設置行為は、本件造成地に致命的な欠陥があるという認識又は印象を世人に抱かせるものであって、申請人大機の名誉、信用を害するものであるから、違法であり、右侵害行為の差止を求める請求権があると主張する。

2 一般に、人の品性、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償又は名誉回復のための処分を求めることのできるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除するため、侵害行為の差止を求めることができるものと解するのが相当である。しかしながら、他方、名誉侵害は言論その他の表現行為によってもたらされるものであるから、人格権としての個人の名誉の保護と、表現の自由の保障とが衝突し、その調整を要することとなるので、右侵害行為の差止が認められるための要件についてはきわめて慎重な配慮が必要であるというべきであって、具体的事案において、摘示された事実の内容、表現の手段・方法等の侵害行為の態様、摘示された事実の真実性・公共性、侵害行為がなされるに至った経緯と表現者の主観的意図、被害者の受ける打撃等その他の一切の事情を総合的に勘案し、被害者が事後的救済では受忍しえないような高度の違法性があると認められるときに限り、その差止を認めるのが相当であると解する。

3 そこで本件をみるに、被申請人林津作は、本件横断幕一については自ら、同二については申請外細井啓充と共謀して、これらを設置したものであるところ、本件各横断幕には「欠陥造成裁判中」とのみ記載されているにすぎないが、本件造成地には欠陥があるとして裁判で争っている人がいるというメッセイジを含んでいるものであり、本件疎明資料によると、本件各建物は、本件造成地のほぼ中央に位置し、現地案内所から分譲予定地まで通じる道路を見下ろす所にあることに加え、周りに家がないことから、本件各横断幕は本件造成地内にあって比較的目につきやすいものとなっていること、被申請人林津作及び申請外細井啓充は、昭和六二年一一月中旬ころから同年一二月下旬ころまでは土曜、日曜、祝日を中心とした日に断続的に、昭和六三年一月からは毎日継続的に本件各横断幕を設置していることが一応認められるのであって、そのため、本件各横断幕は、本件造成地の購入を検討していて為に現地を訪れた者の目に触れやすく、特にこのような者に対しては、本件造成地には本当に欠陥があるのではないかという危惧感を抱かせるものであると推測され、申請人大機は欠陥がある造成地を販売するものであるとの印象を与えることにおいて、本件各横断幕の設置は申請人大機の名誉、信用を侵害する行為であることは否定できない。

しかしながら、右行為がなされるに至った経緯及び被申請人林津作らの主観的意図、摘示された事実の真実性等をみるに、本件疎明資料によれば、被申請人林津作は、本件造成地内の土地購入後、昭和六〇年一〇月ころより建物の建築工事にとりかかり同工事が完成した昭和六一年五月から本件建物一に入居しているが、入居の前後を通じて、水道、擁壁、排水等の各点にわたってトラブルの連続であったことから、本件造成地の安全性に不安を感じて、近くにあって同様の状態にあった申請外細井啓充と相談のうえ、昭和六二年三月に設計事務所である株式会社合同設計に本件造成地についての調査を依頼したところ、同事務所は、現地調査を行ったうえ、本件造成地域は瀝混じり粘土層の部分が多く、災害防止のため法面は三五度以下にする必要があるところ、四五度から五〇度の二メートルを超えるがけが多くあり多雨時の災害が懸念されること、本件造成地内の法面は上、下部に設ける側溝がない部分やあっても土砂で埋もれたままの部分が多く、多雨時には土砂崩れ等を促し危険であること、設置されている擁壁についても水抜穴が詰まっている部分が多く水が抜ける状態になくて、擁壁裏に雨水等が溜まり倒壊を促す恐れがあること、貯水、滅菌、濾過タンクにおいても開発規模からみて極めて水量不足をきたすこと等の問題点を指摘したうえ(調査の結果判明した右具体的事実についてはこれらがすべて根本において誤りであるとの疎明はなされていない。)、各所に技術的に杜撰な施工がなされており、居住者の生命と財産を守る造成になっていないとの結論をくだしたこと、これに対して、申請人大機らはトラブルは補修によって修復できると対応したものの、被申請人林津作らは、申請人大機らの対応には誠意が感じられなかったことと、右調査結果が出たことから、本件造成地の問題点は申請人大機らによる補修によっては解消されない欠陥であると判断して、申請人大機らに対し、瑕疵担保責任に基づく売買契約解除による原状回復としての不当利得返還請求権を主張して、本案訴訟(併せて保全訴訟も)を提起したが、申請人大機らは、訴訟の場においても、本件造成地には基本的に問題はなく、被申請人らの主張する欠陥なるものはすべて補修可能であると主張はするものの、そのことを立証する段になると安全性の根本にかかわる基本的な計画である本件造成地の全体にわたる給水計画についてでさえ簡略な設計図面しか提出しないという状態であったが、その一方では、本件造成地においては快適な生活が営めると宣伝して販売行為を続行していたこと、このような状況にあって、被申請人林津作及び申請外細井啓充は、本件造成地を購入しようとする人に対し、本件造成地の給排水、擁壁等の基本的な問題について、欠陥がないかどうかを調査検討する機会を提供することが必要であると判断し、このことを主たる動機として、併せて、本件造成地にこれ以上居住者が増加すると給水能力の限界を超え、被申請人らも居住不能となるという危惧感もあって、いわば防衛的な措置として、本件各横断幕の設置を決意したことの各事実が一応認められるのであって、被申請人林津作は、専門家の意見を踏まえた一定の証拠に基づいて本件造成地には欠陥があると主張しているのであるから少なくとも被申請人林津作においては本件造成地は欠陥造成地であると信ずるについて相当の理由があるものというべく、設置に至る経緯に鑑みても、ことさらに申請人大機の名誉、信用を侵害しようとの意図があったものとは窺われないというべく、表現方法そのものも穏当さを欠くものとはいえないというべきであり、申請人大機の被る打撃についてみるに、本件疎明資料によれば、本件各横断幕の設置後の申請人大機による本件造成地の販売状況は、設置当初の昭和六二年一一月、一二月こそふるわなかったが、その後はキャンセルはあったものの、昭和六三年一月、二月は例年と変わらない出来であり、三、四月に至っては例年の実績を大きく上回る月一一件以上となり、五月も六件の実績があり、昭和六三年は五ヵ月間で合計三三件を販売しているという状態にあること(このことは本件においては保全の必要性も存しないことを物語る。)が一応認められるのであって、本件各横断幕の設置により申請人大機の売上が落ちて同申請人の倒産も予測される事態にあるとは到底いえないものであるのであって、申請人大機の販売担当者において、本件各横断幕を見た購入希望者に対し、被申請人林津作らとの裁判や紛争について、その場で直ちに根拠を示して説明を尽くすことにより、本件造成地に欠陥はない旨の自己の見解を主張することができること(だからこそ申請人大機は販売実績を回復しえたと推察される。)をも併せ考えると、本件各横断幕の設置による名誉、信用侵害行為は、差止を相当とするほど高度の違法性を有しているものとは到底認めがたいというべきである。申請人大機の主張は理由がない。

4 申請人大機は、また、被申請人林津作は申請人大機と売買契約を結んだ直後の当事者であるから、債権関係を支配する信義則に基づき共同目的に向かって協力する一個の共同体に包容されるとし、この考え方を本件にあてはめ、右共同目的とは本件造成地の付加価値を高め快適な生活が可能な状態をつくることを実現することであるところ、被申請人林津作の本件横断幕の設置行為は、右共同目的に反し、本件造成地を荒廃させることを目的とするものであって、民法四一五条の債務不履行に該当するものであるから、これに対しては差止を請求しうると主張するが、右主張は独自の見解であり採用しない。

五 結論

以上の次第であって、申請人らの各申請は、いずれも被保全権利の疎明がないことに帰し、また、事案の性質上保証をもって疎明に代えさせることも相当でないから、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 齋藤大巳)

〈以下省略〉

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